意識は言語に規定される

小熊英二の『インド日記』に

日本語の『協調性』を英語ではどう翻訳するか議論になったが、『同化 assimilation』がいちばん適切だという結論をインド側の人びとは下した」

という一文があります。
せっかく小熊英二の本を読んだのナンですが、今日もスタートレックの話(笑)

ボーグは相手を攻撃する前に
"Resistance is futile. You will be assimilated."と言います。
初期には「抵抗は無意味だ。お前達を征服する(お前達は征服される)」と訳され
現在では「お前達を同化する(お前達は同化される)」と訳されています。

辞書でも「同化、吸収」ですが、自動詞だと「適合」の意味もあります。
引用した小熊の文は日本社会特有の同調圧力的な意味での「協調性」の訳なので
「assimilate」に「協調」というニュアンスが本来あるのかわかりませんが、
以下、あるという前提で書いてしまいます(笑)

何が言いたいのかと言うと、英語のassimilateという語にあった
「同化」でも「協調」でもあるような両義的なニュアンスが
「同化」「征服」という日本語に翻訳することで失われてしまい
吹き替えではボーグがひたすら恐ろしい存在になってしまっているという話。
(もちろん原語でも十分に恐ろしいのですが)

ボーグの設定の不気味さ、というか面白さは
攻撃的なくせに悪意も敵意も全く無いという点にありまして
彼らは同化によってテクノロジーを吸収するわけですが
相手をそのための道具のように扱っているというよりは
同化され偉大なる一つの集合意識に取り込まれることを
相手にとってむしろ喜ばしいことと考えています。
実際、それはすばらしい安息と快楽をもたらすのでしょう。

とは言え僕たちの意識からすればボーグの世界など悪夢です。
つまり、日本的な協調性という名の同調圧力
極端に推し進められるとボーグ的な悪夢になる可能性があるということでもあります。
ボーグは蟻や蜂をモデルにして考えられた種族ですが
バブル期の日本のビジネスマンが
組織のために個性を殺して働く兵隊蟻のように見られていたことを考えるに
その造形に影響を及ぼしていると見るのも間違いではないでしょう。

はてさて、言語にからめてもう一つ。
ボーグはもちろん宇宙人ですので英語を喋っているわけではなく
彼らの言語で「同化するぞ」とかなんとか言ってるのを
宇宙翻訳機で"You will be assimilated."と訳してるという設定です。

ボーグが話してるはずの元々の言葉に
英語(宇宙においては極めてローカルでマイナーな言語)の
assimilateにあるような両義的な意味があるかどうかはわからない。

つまり先ほどの英語→日本語の訳の場合とは逆に
ボーグ語→英語の翻訳によって、
本来のボーグ語にはなかったかもしれない多義的な意味が生じてしまったのです。

実際には、ボーグが「同化する」つもりなのか「吸収する」つもりか
もしかすると「適合しろ」と言ってるのか正確に検証しないまま
主人公達はassimilateという英語のローカルなニュアンスから
「ボーグは自分達を攻撃する気だ」と判断してるわけです。
たった一つの単語の翻訳の違いで宇宙戦争が起こるかもしれない…
言葉というのはまことに恐ろしいものです。