アキ・カウリスマキ『マッチ工場の少女』

この映画は、冒頭で材木からマッチが作られていく様子が描写され、ラストは主人公イリスがいなくなった工場がなおも稼働し続ける様子を映して終わります。
また、天安門事件などの(当時の)タイムリーなニュース映像が執拗に挿入されますが彼女は決まってそんなニュースとは無関係であるかのように行動しています。
これは、彼女が世界の中に存在する一方で、世界の方はまるで彼女の外側にあって彼女とは無関係に動いているかのような、彼女の危うい存在を示しているでしょう。


イリスを演じるカティ・オウティネンはとても微妙な人です。
美人なのかブサイクなのか…よくわからない(僕はものすごく好きですが)
ダンスホールで誰からも声をかけられないのも不自然ではないし、ちょっと着飾れば金持ちのハンサムな男の一夜の相手にもなる。
マイ・フェア・レディ』のような劇的な変身をするのではなく、元々からブサイクでも美人(という役ではないですが)でもありうるような微妙さを持っている顔なのです。


歳もよくわかりません。
「少女?なのか?」と思って帰ってから調べてみたら61年生まれで89年のこの映画の時点でやっぱり少女ではないのですが、少女と言われればそうも見えそうな微妙な顔なのです。


演技も非常に微妙で(下手と言う意味ではありません)無表情とも言えるけれど感情がないわけではない、という微妙な表情を作ります。
振られても泣いたりわめいたりせずに、だらしなくたるんでいるようにもキュッと閉まっているようにも見える微妙な口元のまま虚空を見つめています。
しかしそれが悲しそうに見えないかというとそうでもない。
男に振られても、子供ができても、人を殺すときでも、何かしらの感情は認められるけれども決して心の奥底までは見通せない、つねに曖昧な表情なのです。


カウリスマキがすごいのは、ちょっと変わった女優を使って映画を一本作ってみた、というのではなく、この常に顔も演技も存在感も不安定な女優をミューズとして何本も映画を作っているということです。
つまりは彼女の持つ微妙さこそがカウリスマキの映画の全てだということなのですね。