秋葉原と美意識のはざまで

知り合いがメイド喫茶を始めたそうなのですよ。
行ってみたいんですけど、メイド喫茶に一人で通うようになったら
人間として大切な何かを失うような気がするのですよ、僕は。
慣れてしまえばどうってことないことだとは思うんですけどね。
行った時点でもう人間としてお終いだって言う人もいるでしょう。
どこで踏みとどまるかってのは美意識の問題だと思うんです。

僕の知り合いには、2ちゃん語を標準語だと思ってる人もいれば
「(笑)を『w』って略すヤツがいるんだよ。キモくない?」
って言う人もいるんですけどね。
たぶんどっちが正しいわけではないんですよ。
これも美意識の問題です。

意識を置く場所が変われば、モノの見方も変わるし、
そうなれば世界が決定的に変化するはずなのです。
メイド喫茶に行く/行かない、とか
wを使う/使わない、みたいなレベルにとどまる話じゃないんです。
その選択は自分が所属する共同体を選ぶ行為でもあるのですね。

というわけで、やっぱり僕は一人では行けないので
友達に連れてってもらいます。
行ってみたら、くだらない自意識なんて吹っ飛んじゃって
「メイド最高!」ってなるかもしれない。
まだまだわからないですよ。