エルンスト・ルビッチ『山の王者』

ビデオ上映ではあるが、柳下美恵によるピアノ演奏付き。
もちろん伴奏付きのサイレントなど初めてだったが本当にすばらくて
セリフの無い映画で音楽にいかに雄弁に語るかを目の当たりにした。


トーキーになってサイレントが持っていた映画の可能性の多くが失われた、というのはよく聞く話であり、
そういう話を聞くと、映画にとって音とは余計なものなのではないかと考えたりもするのだが、
サイレントの時代から音は映画に無くてはならないものだったのだと実感させられた。
映画はやはり「ソニマージュ(son + image/音+映像)」であったのだと。


ルビッチを観るのははじめてなので何とも言えないのだが、
ルビッチと言えばコメディ、それも室内劇が多い中、
この映画はほとんど何のギャグもない悲劇的なメロドラマで
ルビッチとしては異色の作品らしい。


なので、それが皆の言うところの「ルビッチ・タッチ」なのかどうかは知らないが、
決してオーバーになることなく、さりげない目配せや口元の角度、顔の傾け方などで自然に伝えられる表情により感情の動きや、
アクションというよりは体の表情とでもいうべきちょっとした動きで表現される身体表現などによって、
セリフなどなくとも生き生きとした命を与えられる人物たち。


そしてその傍らにはルビッチの演出と同等に雄弁な音楽がいつも鳴っている。
楽しい時は楽しく、ロマンティックな時はロマンティックに、悲しい時に悲しい音楽が奏でられるのはもちろんのこと、
その間を行き来するとき、例えば二人のロマンティックな逢瀬に影がさす様子なども、長調から短調への滑らかな移行や、微妙な半音階による怪しげな雰囲気などが彩りを添えるのだ。


はてさて。
ピアノの後ろの席に陣取って観ていたのだが、
70分ノンストップにも関わらず楽譜は2枚(見開き1枚)だった。
おそらくはテーマとか曲の最初だけがちょこっと書いてあって
あとは暗譜(部分的には即興も?)なのだろうか。
どういう風に演奏してるのか詳しく知りたいものである。