マキノ雅広『次郎長三国志 第一部・次郎長売出す』

ハスミンの話では1年前のシネマヴェーラのオープンの時には客が4人しかいなかったそうですが(笑)
今日は満員御礼、お立ち見でした。階段に座って観たからおケツが痛いです。
三本立てを立ち見で観るなんて高校生の頃に観たゴダールのオールナイトを思い出しますが、
今日は三本目で席が空いたので座れたのでした。やれやれ。
次郎長三国志』の一部二部と『やくざ囃子』の三本、
トーク蓮實重彦×山根貞男岡田茉莉子でした。

蓮實、山根両氏は海外の映画祭に好きな日本映画を輸出して
様々な特集をやっているそうなのですが、
唯一やってないのがマキノなのだそうで。
この独特な調子が外国の人にわかるかどうか…と思うのだそうで。
もしマキノを観たことがない外国人にまず何を見せたらいいか、いつも考えるのだそうです。

僕もマキノを観るのは初めてなのですが、
なるほど独特の調子で日本人の僕にもちょっと入って行きづらい。
その中でこの「第一部・次郎長売出す」は一番観やすく面白い映画でした。

「喧嘩と火事を見るとパァっといい気分になるんですが
お千ちゃんを見たときもパァっと同じ気持ちになるんですよね」
「バカ野郎それはお前、お千ちゃんに惚れてんだよ」
という鬼吉と次郎長のやりとりがありますが、
鬼吉の言うとおり、喧嘩と恋のシーンが観てるほうもパァっとなります。

残念ながら火事はありませんが(笑)
宵闇に暗く光る焚き火と松明の美しさ(われながらこじつけクサいですが)
その前後の鬼吉となんとか一家(名前忘れた)の少人数の立ち回りも見事なら
鬼吉と綱五郎のセリフ回しの面白さ、
ラスト近くの合戦の様相を呈した大人数の喧嘩では
続々と敵方の大軍が船で終結してくるときの緊張感、
土手の向こう側からワッと人影が押し寄せてくるスペクタクル感などなど
喧嘩の楽しみをとことんまで味わわせてくれます。

前述の鬼吉の純情ぶりも泣かせてくれますが、
清水を去る前の次郎長と見送るお蝶が手を繋いで走るシーンはキュン(笑)とします。
しかし恋のシーンはどれも切ない。
大政はお互い愛し合いながらもやくざ家業についてこられない妻に去られますし、
鬼吉と綱五郎の片思いが報われる様子はなく、
祝言をあげる次郎長も、初夜も迎えぬまま旅立たねばならない。

次郎長一家は泣くときは全員泣くし、騒ぐときは全員騒ぐ。
その同調ぶりがすごいとハスミンが言っていましたが、
その幸福な、そしてホモソーシャルな一体感は
彼らの報われない恋に端を発しているのかもしれません。
そう思うと彼らの幸福な同調が少し悲しい影を帯びて見えてくるのでした。