エミール・クストリッツァ『ライフ・イズ・ミラクル』

クストリッツァのコメディは(というか全部コメディですが)
事物を拡大、縮小、反転といった通常とは違う使い方をすることによって
ギャグを成立させています。
ここで事物とわざわざ抽象的な言い方をしたのは
道具、動物、出来事といった多岐にわたるものについて
そのような変形がおこなわれているからです。
英語で言ったらthingかな。

例えば主人公ルカは鉄道技師であり、
線路はこの映画でもっとも重要な物ですが、
この映画で線路は、電車が走るところと言うよりは
なによりもまず人やロバが歩いて通る道であり、
(改造された)自転車や自動車が走る道であり、
パーティーをしたりヘロインを吸ったりする場所になってしまっています。

ホースが陰茎の延長物として使われるシーンに明らかなように
クストリッツァの映画は、性的な欲望が様々な事物に変形されて表れる
人の見る夢に似ています。
彼の映画では、現実(として扱われているはずの)シーンに
唐突にあからさまな幻想シーンが挿入されますが
これは「夢物語みたいな話」が「これは夢かもしれない」
というメタレベルにジャンプ(しかける)効果があるわけです。
いわゆる夢オチですね。
もっともこの効果は『アンダーグラウンド』に顕著で
この映画ではそれほど夢っぽくないんですけど。

で、このような変形がなんのために行われると言えば、
悲惨な現実を面白おかしい話に変形して笑い飛ばしてしまおう
というポジティブな意志に基づいているわけです。
ポジティブと言っても戦争の悲惨さを描いていないわけではないんですが、
それが砲撃とか銃撃のシーンにあらわれるのではなくて、
ラブストーリーであるにも関わらず
妻や息子のこととなると態度が豹変するルカの狂気じみた表情にそれが表れる。
その辺の反転っぷりがこの映画の上手さというか凄みなのですね。