ジャン=マリー・ストローブ&ダニエル・ユイレ『オトン』

新聞もネットもないので知らなかったのですが
ユイレが亡くなったそうですね。
僕は最後まで良い観客ではありませんでしたが
もう2度とストローブ=ユイレ名義の映画は観られない
と思うとやはり悲しいです。
というかストローブはこれから一人で撮り続けるのでしょうか。

はてさて、この映画は「解消され得ない矛盾」に関する映画です。
オトンはプロフィーヌを愛していますが王女カミールからも求愛されていて
プロフィーヌを選べば失脚して彼女もろとも殺される危険がある。
プロフィーヌを選ぶことも選ばないことも
彼にとってもプロフィーヌにとっても不幸となります。

この矛盾はプロフィーヌにもそのまま当てはまりますし、
カミールは愛する者を選ぶか帝国の安泰を選ぶか迫られています。
幸せになるものが誰もいないくらーい悲劇なわけです。

やろうと思えばいくらでもドラマティックにできる題材ですが
そこはストローブ=ユイレのこと、
舞台はローマはローマでも帝政時代の古代ローマではなく
ブンブンと車が走る現代のローマの遺跡で
古代ローマ人の格好をした俳優(イタリア人?)が
僕にもわかるような下手くそなフランス語で演じます。

当然のことながら、ここにドラマティックな悲劇など展開のしようがない。
一見するとキッチュな設定に見えなくもないけれど
スタッフ達はもちろん俳優達も真剣そのもので
そこにキッチュな笑いがおこる余地もない。

ドラマティックな悲劇の演出を否定するものではないけれど
その強い感情によって観客にカタルシスを与え
そこに本来あった悲劇を隠蔽する作用もあります。
ストローブ=ユイレはそれを拒否したいのですね。

現在の、ありのままのローマの風景と
およそ感情表現の介入する余地のない演出と
そこで演じられる劇の内容の齟齬が
そこで語られる悲劇を物質的に現前させます。
そこではオトンやプロフィーヌたちの抱える決して解消されない矛盾が
感情を介することなくただただ圧倒的な出来事として表れるのです。