澤井信一郎『Wの悲劇』

「Wの悲劇」とは劇中で演じられる舞台であり
演出家役の蜷川幸雄(笑)が説明するとおり
Wは和辻家のWでありwemenのWでもあるのだけれど
このwemenは劇中の和辻家の女達のことだけでなく
この劇を巡る女達、静香(薬師丸ひろ子)や翔(三田佳子)のことでもある。

この物語は三田静香という20歳の劇団員が
本物の女優になる物語であると同時に
薬師丸ひろ子という20歳のアイドル女優が
本物の女優になる物語でもあるわけです。

原作は知らないし「Wの悲劇」という劇が
全て上演されるわけではなくその一部しか演じられないけれど
おそらく原作では舞台と現実(つまり物語内世界)は
もっと複雑な対応関係をもっていることが伺われるのだけど
澤井はそこをばっさり切ってしまって
女優薬師丸ひろ子三田佳子の二人を見せることに特化しています。

つまりメタフィクション的な仕掛けも面白いのだけど
それを見せることが澤井の主眼などではなく、
それによって二人の女優の女優性を際立たせ
彼女達の美しさを画面に収めることこそが第一の目的なわけです。

猫なで声で女優への夢を語るバカな小娘の愛らしさ、
その小娘が見知らぬ男への愛を語り「演技する者」へと変貌する瞬間、
恋人が刺された後に見せる素なのか演技なのかわからないような曖昧な笑顔、
全てが終わって確実に前とは違う存在になった後の表情。
その決定的な瞬間を捉えることこそが澤井にとっての映画であり、
物語の構造などはその方便にすぎないのです。