クシシュトフ・キェシロフスキ『偶然』

キェシロフスキは、偶発的な出来事によって
否応なく回転していくような物語を作る。
盗聴がきっかけで知り合う男女の話、とか。
タイトルを見ればわかる通り、
その要素が全面展開されたのがこの映画です。

同じ主人公が3つのパラレルワールドを生きる、
オムニバス形式をとっている。
医学生のヴィテク(ボグスワフ・リンダ)が、
発車時間ギリギリで駅に駆け込んでくる、
というのは3話とも共通です。

1)もし、発車に間に合ってワルシャワへ行っていたら。
2)駅員にぶつかってケンカになり、逮捕されていたら。
3)間に合わず諦めて帰ることにしていたら。
この三つで運命が分岐するわけです。

「運命」という言葉を使ったのは、
分岐した後のそれぞれのヴィテクの物語が、
『偶然』というタイトルとは裏腹に、
ほぼ必然的に決定されていくからです。

1話でヴィテクと同居していた老人や、
2話でヴィテクの洗礼をした神父が、
他の話で、ただの通行人として写ってるんですが、
こういう小細工が、偶然性と必然性、
ありきたりですが、運命の過酷さを強調するわけですね。

3話ともヴィテクが政治運動に巻き込まれること、
なんだかんだで3話とも絶望的な状況で終わること、
この二つの共通点も見逃せません。
当時(81年)のポーランドの政治状況はよく知りませんが、
この映画を観る限り、閉塞と絶望が支配していたのでしょう。
ありえたかもしれない別の歴史に対する想いと、
避けられなかった現実の歴史への想い、
その二つがこの映画から見えてくるように思います。