ダニエル・シュミット「ヘカテ」

どういう表現がふさわしいのかわからないけど
『現れる』というか『浮かび上がる』というか、
本来そこにはないはずの存在が浮かび上がってくる、
とまぁ、そんな映画です。

暗闇の中から白いスーツのロシェルが浮かび上がってくる、
強い日差しを反射した白い壁の中に庭の木の緑が現れる、
クロチルドの肌に階段の手すりの影が浮かび上がる、
朝もやのかかった海岸に暗くて明るい焚き火の炎が浮かび上がる、
燃え上がる嫉妬の中から絶望的な愛が現れる、
退廃的な物語の中に唐突にニュース映像が現れる、等々。

はてさて、ロシェルや他のモノたちが
フェード・インのような形で画面にたち現れるのに対し
夜の女王ヘカテたるクロチルドは
現れるモノではなく、いつもただそこに居るだけである。
彼女は道行く老婆の中に居るように、この映画のどこにでも偏在する。
彼女は、ロシェルがそこからたち現れる暗闇そのもの、
つまりはこの映画の基底のような存在なのだ。
その闇の中で必死にもがくロシェルや、彼女の夫が
ふと闇の中から浮かび上がる…とまぁ、そんな映画です。