山中貞雄『河内山宗俊』

まぁ残ってるだけでも貴重なんで文句は言えませんが
音の状態が悪くて何を言ってるんだかさっぱりわかりません。
しかし、セリフが半分以上聴き取れなくても内容はわかる。
かなり複雑な設定にもかかわらず状況は明快で
コメディから人情、チャンバラととにかくテンポがよくて
セリフが聴こえないことなどそのうち忘れてしまいます。

ここで言う複雑さとは関係の複雑さのことであり
明快さとはそれぞれの人物の立ち位置の明快さです。
広太郎は最初から最後までバカなままですが
宗俊の前ではずっと直次郎のままだし、
お静は最初から最後まで夫の浮気を疑ったままで、
それぞれの立場は変化がないのにお浪と広太郎の関係を宗俊は知らず、
お浪と宗俊の関係をお静は知らない、といった具合に
関係が錯綜したままその誤解を元に事態は進んでいく。

最初はつまらぬ誤解として描かれ、
コメディの要素だったお浪と宗俊の浮気も
お静がお浪を女郎屋に売り飛ばす頃には人情劇の風を呈し、
結局お静が死ぬに至って悲劇的な様相を呈するようになる。
広太郎の愚かさも同様で、最初は笑い話だったのが
それが原因でお浪は売られることになるのだし、
最後には宗俊も市之丞もお静も死ぬことになる。
最初に述べた複雑さと明快さ、が車輪となって物語を押し進め、
息もつかせぬ活劇を展開させてくれているわけです。


話は変わって。
日本家屋(もっと大きなお屋敷も同じですが)が「映画的に」面白いのは
壁がなく扉から向こう側の庭までが襖と障子によって仕切られており、
それを開け放せば、玄関から庭までが見渡せるという点にありましょう。
それによって狭い部屋が抜けるような空間に変貌する。
そんな空間と言えばまずは小津の映画が頭に浮かびますが
この映画の空間も抜け具合も美しいです。