ホウ・シャオシェン『ミレニアム・マンボ』

スー・チーが歩くたびに彼女の髪は生き物のように揺れ
時折振り返りながら軽やかに歩く彼女は生命力に溢れ、
ただ歩いているだけで官能的ですらあります。

さて、この冒頭のシーンは10年後の彼女の回想
という設定のナレーションと共に映し出され、
物語上のどの時点での彼女なのか最後まではっきりしない
ある意味で無時間的なシーンです。
だからこそ余計に印象深いのですが、
ホウ・シャオシェンが最も得意とする風景と人と光が一体化したこのようなショットは
ただ美しいだけでなくいつも悲しい。

特定の時間、空間の中で生きる人々を描くホウ・シャオシェン
上のような、ただ輝かしいだけの存在を許さない。
彼女のまわりには、時には優しさもあるけれど
それだけではなく嫉妬や暴力や無関心、延々と続く憂鬱が溢れています。

もちろん、その憂鬱な日常が否定的に描かれるわけではありません。
空ろな目で一人おくすりに耽るトゥアン・ジョンファ、
醒めた目でケンカをするトゥアン・ジョンファ、
この悲しい小男に向けられたホウ・シャオシェンの視線は優しい。
そして一人で淡々とおでんを作る夕張のババアの手つきの美しさ。

冒頭のスー・チーのような輝かしさは長くは続かない
一瞬のきらめきのようなものです。
その瞬間を捉えるためには長い退屈な日常の時間を否定してはならない。
その卑小な生を丸ごと肯定してこそ
奇跡のような美しい生の瞬間を感じることが出来るというわけです。
もちろん、その奇跡を画面に捉えたこの映画自体も一つの奇跡です。
僕らはその105分間の奇跡を体験した後、
あの憂鬱な日常、遅々として片付かない部屋に帰っていくのです。