橋本治『桃尻娘』

一応説明をしておくと、高校生を主人公としたオムニバスの連作で
一話ごとに話者が変わるんだけど、全員同級生で
第一話は玲奈の視点で語られる話だけど、
二話では話者の薫から見た玲奈が出てくるし、
四話では源一から見た薫が出てくる、といった具合。

僕は僕以外の人になったことがないし、
ついでに言えば前世の記憶とかもないので(笑)
他の人がどんな意識をもって生きてるのか
基本的には推測以外で語れないわけです。
下手をすると「自分は高校生の頃あんなことを考えてたなぁ」
という記憶だってかなり怪しいもんです。

橋本治は基本的にはわからないはずの他人の思考を
持ち前のすさまじい想像力でもってシミュレートします。
主人公達の思考は「高校生ってこんなかな」
という想像の範囲を出ず、適度に似通っていますが、
凡庸な中にも一人一人に固有のものはあって
三者三様であるとも言える。

彼らは高校生らしい醒めた目で世間を見ていて
彼らの視点にはそれなりに説得力がないわけではないけど、
冷静に振舞っているつもりで実際に冷静なのだけど、
ハタから見ると明らかに子供じみた行動をしていたりするし、
そのような行動はあとで別の話者の視点から
本当に滑稽な行動として客観化されたりもする。

自己認識と他者から見た人格が一致しない
というだけなら当たり前のことなのだけど、
その差のずれ方も三者三様だし、
玲奈から見た薫像と源一から見た薫像にもずれがあって、
他者の視点が必ずしも客観的ではないわけです。

こうしたいくつもの視点が共鳴しあうことによって
「高校生の自意識」などという、
一言で書けばこの上なく陳腐なものが
とてつもなく複雑で繊細なものとして描き出されるわけですね。