キム・ギドク「悪い男」

遅ればせながら韓流ブームです。と言うのは大嘘で、
最近借りた他のビデオがハズレばっかりだっただけです。

フィクションの面白いところは、
架空の設定によって、現実に偏在していながらも
普段はなかなかその姿を現さないようなものを
表象することができる、という点にあります。

例えば「宇宙戦争」だったら、
エイリアンは圧倒的な破壊者の姿を表象し、
彼らの襲来による、およそ非日常的な事態が、
親子の関係を白日の下にさらすわけです。

キム・ギドクは、ソナ(ソ・ウォン)の破滅的な運命によって、
ハンギ(チョ・ジェヒョン)のソナに対する愛情の
一方通行で、妄想じみて、暴力的な側面を描き出すわけですが、
これは、愛というものが、もともとその中に孕みながらも、
普段は表面に現れてこない部分を抽象化したものです。
マジックミラーが、ハンギの一方的な視線を表象していたように、
このような設定自体が、一種の装置だと言えるでしょう。

監督自身がインタビューで語っていましたが、
ストーリー自体は悪夢としか言い様がないものです。
しかし、愛は悪夢のようなものだと言いたいわけではないし、
悪夢を肯定せよと言っているわけでもない。
悪夢のような装置によって搾り取られ、ろ過された、
愛というもののもっとも純粋な部分を肯定できるのか、
という問いなのだと言えるのではないでしょうか。

ラスト近くの、ハンギが唯一喋る部分は、
この映画の一つのクライマックスだと言えますし、
ソナがハンギにもたれてゲロを吐くシーンは、
この映画で最も美しいシーンなのですが、
そのようなシーンを、緊張感を孕みながらも
ギャグとして撮ってしまうところに、
キム・ギドクという人の才覚を感じます。